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短編小説「百日の写真」(9)
 
 チュチェ113(2024)年 出版 

 狭くて険しい山道を広々とした大道路につくるのは、金日成主席の願いを実現するとても重要なことである。だが、物件資料の保存を担当する人にとっては、道路の建設の前に必ずやらなければならないことがある。チャンソンのその狭くて、険しい道を全部写真に収めて置くことだった。 
 (主席が掻き分けた狭くて険しいその山道があって、チャンソンは今のように天地開闢以来の変貌を遂げたのだ。歳月の流れと共にチャンソンの山道は全て、大都会の広々とした道路のように変わるだろう。将来のチャンソンの人たちにも主席が歩み続けた険しい山道のことを写真を通じてでも知らせるべきだ。なのに今になって思いついたのは何故なんだろう)
 そこまで考えが及ぶとボクマンはこれ以上座っていられなかった。席から跳ね上がったが、がっくりと座り込んでしまった。
 (どうしよう、事績館に帰ったってカメラはないんだ、一つしかない事績館のカメラはほかの学芸員が数日前、ユピョン革命史跡地に持って行ったじゃないか)
 そのユピョン里というのはヨンジャン里とは正反対にある村だった。切羽詰っていた彼の目がふと部屋のカメラに止まると、ある考えが脳裏を掠めた。
 カメラマンに頼んでみることにしたのだ。
 「気兼ねすることはない。私だってチャンソンの人ですからね。主席が歩んだオクポ里のその小道は歴史に印されるべきでしょう」
 焦り立つチェ・ボクマンの気持ちを推し量ったカメラマンは杯をテーブルに置いた。そして出発。
 まるで自転車の競走でもするかのように追いつ追われつ、オクポ里の放牧地に通じる分かれ道に差し掛かった二人は、そこからは自転車を担いで山道を急いだ。藪が群がり、自転車に乗るどころか歩くのもままならなかった。
 「あれからずいぶん歳月が経ったのに、いまだに道がこんなに険しいとは。当時はもっと酷かったでしょうね」
 「当たり前でしょう。そのときはね、真昼にもイノシシがのそのそと降りてくる道だったそうでね」
 息せき切って山道を上り、はあはあ喘ぎながら交わす二人の話には、主席にそんな険しい道を歩ませたチャンソンの人たちの罪意識のようなものが滲み出ていた。
 そのようにして上りながら、ゆかりのある写真を何枚か撮った。主席が小休止した平らな岩を撮るときだった。藪から中ほどのノロじかが一匹飛び出た。
 「あいつ、丸いお尻を見ると雌にちがいない。こいつも百日の写真を撮ってもらいたくて出て来たのかな」
 意気揚々としてシャッターを切り続けていたカメラマンは西の空をチラッと見て、あわて始めた。太陽が静かに西のほうへ暮れようとしていたのだった。
 「もう帰りましょう。ノロじかの写真まで撮って時間を取りすぎている。あなたの一人娘の百日の写真は撮れなくなるよ」
 けれども、チェ・ボクマンはただうなずくだけで、急ぐ様子など全くなかった。かえってわざと出発を先に延ばしているように見えた。
 「なにかあったんですか。なにをお考えですか」
 オクポ里の方へ目をやっていたチェ・ボクマンは独り言のようにつぶやいた。
 「写真が出来上がったら、それを見てオクポ里の放牧地に通じる道だとわかるでしょうか」
 「それはどういう意味ですか」
 「遠い将来に、写真を見る人たちが金日成主席がオクポ里の放牧地に行くため、苦労して歩いた道だと果たして分かるでしょうか」
 「さあ・・・あの丘越しに見えるオクポ里の所在地が写真のバックとなれば、誰が見てもすぐ分かるでしょうが、ここで撮ったものだと・・・」